アルジェリア人質拘束事件

もう風化しかけた記憶だが、クエート・イラクで数年を過ごした時期がある。
イラクによる侵攻以前のクエートでは、危険を感じることもなく市街地の宿舎で過ごしたが、
イランとの戦時下にあったイラクでは、天然ガスプラント内で多少の危機感を抱きながら過ごしたものだ。
といっても当時のリスクはミサイル攻撃や空爆など戦争の激化がもっぱらで、テロに怯えるような状況ではなかったが。

中東の砂塵の中で過ごしたのはほんの数年間なので分かったようなことはいえない。
だが、日本のそれとはまったく異なる死生観の中で時間が流れていたことだけは断言できる。

その後、アラブは流動し、大きく変化した。
イスラム原理主義の嵐が吹いているかと思えば民主化のうねりも起こっている。
つまりは混迷の度合いが深まったのだ。そして混沌はますます人の命をのみ込んでいく。

中東から帰国した当時の日本はバブルの残滓にたゆたっており、中東と日本、それぞれの空気の懸絶に呆然としたことを覚えている。
そのギャップは今でも大して変わらないのだろう。

あらためて、遠い世界の異聞と思うことなく意識し続けよう。
我々の日常は世界のあちこちから集められた資源で成り立っていることを。
そして、そこにはその土地の死生観が支配する中、危険を背中に駆けまわる同胞がいることを。

サハラからのレクイエムに黙祷。